禍を転じて福と為す…か?

イオンショップ

f:id:masayan1979:20140701042829j:plain
photo by pakutaso.com

生きていれば、いろんな理不尽や面白くないことに直面し、ストレスやフラストレーション(=負の要素)が溜まっていく。

よく「爆発しそう」なんて言っている人がいるが、それはフラストレーションが溜まっている自分の状態を客観視して表現しているので、まだ余裕があるとも言える。「爆発しそう」なんて言っている間に解消できる余地があるのだから。しかし、限界を超えた時に、実際に爆発させることができる人もいれば、爆発しそうなのをぐっと抑え込んで燻らせてしまう人もいる。

私の場合は後者で、日々の仕事や暮らしのイライラやムカムカを抑圧してしまう。抑圧されて生まれた負の要素を他の要因で上手く解消できれば良いのだが、それもできずに耐えて耐えて、それが耐えられなくなって、やがて仕事やコミュニティから離脱してしまう。過去を振り返るにあたり、爆発させることで仕事やコミュニティに残ることもできたかもしれないけれども。

フラストレーションを爆発させる人の行動が、怒りや悲しみといった感情と連動しているものであるとするならば、私の場合は行動だけでしか表現できない、非常に稚拙で中途半端な爆発のさせ方なのだろうと自分自身で思う。最後の結末の部分だけでしか行動で表現できず、そこに至る感情の表現や訴え、伝達といったものがない。早い話が「キレることができない」のだ。もっとも、コントロールする立場の人間からしてみれば、感情を剥き出しにしてこない人間のほうが、コントロールをしやすいのだとは思うが。ボロクソに使い捨てて、辞める時には勝手に辞めていくのだから。

実は今、そのフラストレーションが限界に達し始めている。私の心の器の許容量に対して、負の要素が大きく上回ろうとしている。感情を交えて爆発してやろうとも思うが、それは相手の思うツボでもあり、それをした時点で私の負けだと思っている。実際、過去に同じような状態になって、フラストレーションを爆発させた人がコミュニティから離脱していった。

耐え続けた年月は、第三者が見れば大した年月ではないだろう。「それくらい辛抱しろ」等とも言われるかもしれない。しかし、ここまで蓄積されてきた負の要素は、ちょっとやそっとでは解消されない。日々の生活や仕事の中でも鬱屈は溜まっていくだろうし、そうした状況が自分の心の負担に拍車をかける。今年の2月に療養生活をせざるを得なかったのも、積もり積もった負の要素による災いなのでしょう。

自分でも、そろそろ転機かな、と思い始めていた矢先。この機会に、今後の自分について少し考えてみたいと思う。

広告を非表示にする