2013.12.04 三重大学人文学部30周年事業 平田オリザ講演会「わかりあえないことから」 ~コミュニケーション能力とは何か~

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2013.12.04 三重大学講堂・三翠ホールにおいて、劇作家の平田オリザさんによる講演会 「わかりあえないことから」~コミュニケーション能力とは何か~ が行われたので、参加してきました。


※講演会開始時間前に撮影したものです。

今年度、三重県と国立三重大学は「実演芸術の振興等にかかる連携に関する協定」を締結し、教育の分野に演劇等を活用することになりました。

平成24年6月、「劇場、音楽堂等の活性化に関する法律」が施行され、本年3月には劇場、音楽堂等の事業の活性化のための取組に関する指針が策定・公表されました。
これを受けて、三重県と国立大学法人三重大学では「実演芸術の振興等にかかる連携に関する協定」を締結することとなりました。
(中略)
2 具体的な連携内容
三重県と国立大学法人三重大学において、以下の内容についての協力・連携を行います。
三重県文化会館において実施する演劇等を活用した教育活動等
・大学で実施する講義への三重県文化会館職員の講師派遣
・大学による劇場事業への講師派遣
・講演会、シンポジウム等の共同開催 など
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/app/details/index.asp?cd=2013090067

このことを受け、平田オリザさんによる講演会が開催されることとなりました。ちなみに、この講演会の前には、三重大学の学生を対象とした「演劇を用いたコミュニケーションワークショップ」も行われて、一般参加者も見学が可能でした。

さて、講演会の内容ですが、平田さんは全国各地においてこのテーマで講演をされているので、既にご存知の方もいらっしゃるかもしれません。講演のベースとなる著書『わかりあえないことから──コミュニケーション能力とは何か』も大変評価が高く、お読みになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、ご本人の声と言葉から直接聞く講演というのは、心に響くものがあります。本を読むだけでは分からなかったニュアンスなど、全体に染みわたるものを感じました。

一応、講演の中で平田さんが話された内容は、最初から最後まで一通りメモを取ってまとめましたが、すべてを掲載するのは失礼にあたるので、個人的に印象に残った部分だけを箇条書きにしたいと思います。

若者や子供のコミュニケーション能力は低下しているか?

  • 実はまったく低下していない。そのような根拠はない。科学的数値はない。雰囲気だけで言っている。現場を知らない評論家が言っている。普遍的なコミュニケーション能力は存在しない。

温室のコミュニケーション

  • 教員が学生に対して厳しいことを言った。すると、後から学生に「先生、私のことが嫌いなんですか?」と言われた。
  • 他者は本来ニュートラル。しかし、自分を理解してくれる仲間たちだけの「温室」でコミュニケーションを続けてきた人たちは、一歩外へ出たとき、みんな自分のことが嫌いに思えてしまう。「自分を分かってくれない人」=「自分が嫌い」と思い込んでしまう。

ライフスタイルと社会からの要求の変化

  • 子どもたちのコミュニケーション能力は上がっている。しかし、社会のコミュニケーションへの要求は上がっている。
  • 一方、子どもたちが育つ地域社会では、コミュニケーションを必要としないようになっている。

企業が求めるスキルと「ダブルバインド

  • 企業が求めるコミュニケーションスキル
    1. グローバル・コミュニケーション・スキル:企業が表向きに求めるもの。異文化や異なる価値観を持った人にも、自分の主張を伝えることができる人物。
    2. 日本型コミュニケーション能力:グローバル・コミュニケーション・スキルが必要だと信じ、学んできた学生たちが社員研修で教え込まれる「空気を読め」「上司の考えを読んで行動しろ」「会議では余計なことを言うな」という日本社会型のコミュニケーションスキル。
  • この矛盾に対し「何が正しいのか」ということが判断できず、自己喪失感に陥り、自分の考えがフリーズし、引きこもりになる。
  • 企業は自分たちが矛盾していることを言っていることに気付かないまま、若者たちを動かしている。
  • こうした考え方や行動を「ダブルバインド(二重拘束)」と呼んでいる。
  • しかし、この「ダブルバインド」は、日本社会が欧米やアジアの大国に囲まれながら、島国で生き残るために持つ宿命であると言える。
  • 「会話」とは、親しい人とのおしゃべりであり「分かり会う・察し合う文化」である。「対話」とは、「説明し合う文化」である。「会話」を基盤にして「対話」を行うことで、ダブルバインドを乗り越えることができる。そこから、本当の意味での「異文化コミュニケーション」が生まれる。

「persona(仮面)」の総体が人格を形成する

  • 今の子どもたちは、学校における仮面の総体が重すぎるのでは。(例:キャラ疲れ、LINEのコミュニケーション、など)
  • 人は、家族、会社など、複数の組織に属して生きている。人は、組織によって自分を演じ分けている。
  • 良い子を演じることを楽しむくらい“したたか”な人を育てる必要があるのではないか。

以上です。「ダブルバインド」の部分については、実はほぼ100%記載しています。なぜなら、僕が一番印象に残った部分だからです。

コミュニケーションに限ったことではないですが、今まで信じ続けてきたことを著しく否定されたとき、人は途方に暮れてしまいます。平田さんの言葉を借りるならば、軽い「フリーズ状態」に陥ります。

再び立ち上がることができるくらい、ショックの軽いものであれば良いのですが、学生が新社会人になって、今まで自分が正しいと思って学んできたことを発揮すると怒られてしまうということは、きっと頭の中が矛盾だらけになってしまい、ものすごいストレスを抱えることになるでしょう。こうした状況に直面したとき、柔軟に切り替えることができれば良いのでしょうが、柔軟性を持ち合わせていない人は、フリーズ状態から回復しないまま機能を停止してしまう。

自分の価値観とは違うものに直面したとき、白いものを黒だと言われて「はい、黒です」と言わなければならないとき、順応することができるかどうか。組織に属しているときと、普段のときと、仮面を変えて演じ分けることができるか、ということです。

僕自身、相手にする人や、(自分が)組織に属しているときかどうか、完全なプライベートでいるときかどうか、など、そのときの状況に応じて仮面を変えています。ニコニコ笑うだけ、あえて何も言わない、本当に何も言えない、どんどん積極的に発言する…このように、仮面によって行動だって変わってきます。でもこれは、人間ならきっと誰でも行っていることだと思います。ただ、僕はすぐに感情が目に出ると言われますが(笑)。

正直、仮面を使い分けるときに圧し掛かるストレスは、本当に大きいです。一度、すべての仮面を投げ捨てて一日中眠りたい…そんなことを考えるときだってあります。大人な僕たちですらそうですから、子どもの頃から数多くの仮面を被らざるを得ないような子どもだと、想像を絶するストレスなんじゃないかな、と思ってしまいます。

そして、社会に出てからの仮面の使い分けは、更に強烈なストレスを生むと思います。前述のとおり、下手をすればフリーズ状態から回復しないほどのストレスを抱え込んでしまう可能性があります。ただ、僕はこの部分に、現代のストレス社会を乗り越えるヒントがあるのではないかな、と思いました。仮面の使い分けを、辛いと思うのではなく、楽しいと思えるようになるためにはどうしたら良いのか。仮面を使い分けることが楽しければ、きっとストレスは軽減されると思うのです。自分の中で、その方法の結論は出てはいないのですが……。

平田さんが話されていた内容は、「人同士のコミュニケーション」に対して我々が抱いている矛盾を突き、そこに的確で論理的な解釈と自らの考え方を、分かりやすい言葉で投げかけており、非常に得心の行く内容でした。

「コミュニケーションについて、特に深く考えたことはない」という人でも、きっと「そうか!」という気付きを得られると思います。もし、お近くで平田オリザさんによる同様の講演会が開催されるようでしたら、ぜひ足を運んでみてください。素晴らしい気付きを得られると思います。

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