HDDの整理をしていたら…

イオンショップ

HDDデッキを整理していたら、録画してあった『水戸黄門』が何話か出てきた。

東野黄門が数本と、里見黄門による最終回スペシャル。で、もちろん東野黄門から先に見るんだけど、やっぱり良い。何が良いかと言われると具体的な回答には窮するが、とにかく全体的に良い。あえて言うならば、脚本か。

水戸黄門の演出陣は、初期から里見黄門に至るまで、実はあまり変わっていない。山内鉄也、矢田清巳、江崎実生などなど、若干の変更はあるものの、それほど大きく変更しているわけでもない。そもそも予算の掛け方によって演出が大きく変わるので、バブル時代の西村晃版は、それはもう豪華な演出だった。時間もかけていたし、お金もかけていた。画面からもそれがよく分かる。それでも、軸となる部分は変わらないわけだが、演出という軸から考えると、佐野黄門から里見黄門に面白味が欠けていたのは、やはり脚本の力なのかな、と思う。

葉村彰子」という共同ペンネームは、逸見稔が構成していた創作集団であり、柴英三郎松木ひろし向田邦子、宮川一郎、加藤泰という錚々たるメンバーが参加していた。参加メンバーは、それぞれ個人名でもクレジットされてはいるが、全体の構成が「葉村彰子」という名前でクレジットされているということから、これらのメンバーが頭を捻りだして作品の方向性を決めているわけで、そりゃ面白いものができて当たり前だろ、ということになる。

他にも、脚本家として、黒澤映画の助監督を務めていた広澤栄(さわさかえ)や、飛鳥ひろし、石川孝人らがいて、「葉村彰子」の間を埋める形を取っているのだから贅沢極まりない。

個人的に印象に残っているのが、『水戸黄門』8部の「非情の対決」。助さん主役編だが、仇討譚と愛憎劇が交差するお話で濃密。『家政婦は見た!』や『三匹の侍』などで感じる、視聴後に感じるドロっとした感情を生み出す脚本が柴英三郎らしい傑作。しかし、こんなに濃密な話を『水戸黄門』でやるんだから、当時は本当にすごい時代だった。

脚本がすべて、というわけではないのだけど、演出との絡みも考えると、脚本がしっかりしていないと良いものはできないわけで。明らかにパワーダウンしたな〜、と思うと、脚本家が変わってその色が強く出てしまっていたり…。水戸黄門はそこまでいかなかったけど、晩年はやっぱり脚本の力が弱くなったなあとは思う。設定やコンセプトなんかも、二転三転してたしね。

だからこそ、初期シリーズが輝いて見えているのかもしれない。東野黄門、西村黄門の信奉者は多いからね〜。僕もその一人。

そんなことを感じながら、HDDの水戸黄門を見ていました。

広告を非表示にする