「人とのつながり」に幸福感を見出せるか?

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「お金」よりも「人とのつながり」

「今の若者たちは、お金にもモノにも執着がない」という話をよく聞きます。恋愛に消極的な若者を指して「草食系」という言葉が持て囃されましたが、恋愛だけではなく、消費活動においても消極的な若者たちが増えているようです。

一方で、人との出会いやつながり、共感、趣味などに時間とお金を費やす若者たちが増えているようです。社外や学外の勉強会や研修に積極的に参加して、自分だけの人脈を作る。そこで共通の趣味や考え方を持った人たちと出会い、一緒に何かを始める。現実だけではなく、インターネット上のSNSにも「つながり」「共感」のツールが普及し、誰かの投稿に“いいね”とリアクションをすることで「共感の連鎖」が発生し、また新たなアクションを作り上げて行く。そんなスタイルが主流になりつつあります。

お金を稼ぐことや高級品を手に入れることが、必ずしも「幸福」とリンクしないことに気付いた若者たちが、人との出会いやつながりに幸福を見出そうとするのも理解できますし(自分もそう)、「モノ」の部分においても、既に格安で良質なコンテンツが巷に溢れているわけですから、「自分ひとりが暮らしていけるだけの収入があれば良い」「わざわざお金を使わなくても、心が満たされる方法はいくらでもある」「ネット環境さえあれば良い」みたいな考え方が増えてくるのも当然だと思います。

また、今は「空気を読む力」「コミュニケーション力」が大事ですから、ガツガツ稼ぎたいと思っていても、周囲との調和を乱してまで「ガツガツ稼ぐ」ためのアピールをすることを、あえて良しとしない風潮があるんじゃないかな、とも感じます。

現実に直面したときに、消極的な考え方はどう変わるのか

「自分ひとりが暮らしていけるだけの収入があれば良い」という考え方だけを抜き取れば、僕も20代の頃はそうでした。もっとも、それは「実家暮らしで主な収入を親が確保していたから」という、生活をする上での危機感があまりないことに起因していたものでしたが。

でも、親元を飛び出して一人暮らしを始めてから、その考え方はすぐに崩れました。「自分ひとりが暮らしていけるだけの収入があれば良い」なんてとんでもなくて、自分ひとりの生活さえもどう凌いでいくかの連続。情けないことに、これは今も続いている状況です。自分の稼ぎの中から、家賃、光熱水費、食費などを諸々払って人生を作り上げて行く。はっきり言って大変です。服も靴も、もう何年も同じものを着ています。ちなみに、僕はパチンコなどのギャンブルは一切しませんし、タバコも吸いません。

それでも何とかギリギリで凌いでいるので、今の収入は自分だけが暮らしていく分には良いと思いますが、仮に自分に好きな女性ができて、恋愛を育み結婚を意識したときに、今のステータスでは不安です。結婚して、子どもが生まれて養うことを考えながら将来の設計をした時に、明らかにお金が足りない。ここで、薄れていた「お金への執着心」が強まってくるんです。

例え「結婚」という選択肢を外したとしても、今度は「親の介護」の問題が出てきます。30代に入ってからというもの、頭の中に「親の介護」について考える領域が拡大してきたことを実感しています。僕の親は実家で一人で暮らしていますし、僕は一人っ子ですから、親に何かあったら、今の仕事を辞めて実家に戻らないといけません。この不況下で、仕事と収入に不安を抱えながら親の面倒を診ようと思ったときに、果たしてどれだけお金が必要なのか、僕には見当がつかないんですね……。

「お金への執着心が薄い人」って、実は安定しているのでは?

個人的にですが、「お金」や「モノ」に対しての消極的な発想の裏側には、生活がある程度担保されている環境があると思います。冒頭の彼らは学歴が高くスキルがあって、ある程度の収入と一定の安定性が確保されているからこそ、あえてそういう発想に至るのではないか。「お金への執着が薄い」のは、「お金をしっかりと稼ぐことができる環境に身を置いているから」なのではないかと。

また、仕事を辞めて趣味の活動に没頭している人でも、実は過去に高収入を得られるような場所で働いていて、スキルもあって、貯蓄もあって、比較的裕福な親元からの協力を得ながら続けている人が多いんじゃないかな…という気がします。僕が知っている人の中にも、そういう人が何人かいます。

もちろん、「お金への執着心が薄い人」が、上記に挙げたような人たちばかりではないことも承知しています。ただ、やっぱり「お金」や「モノ」のためではなく「人とのつながり」や「出会い」にお金や時間を割けるのは、ある程度生活環境や職場環境が安定した人じゃないと難しいんじゃないかな、とは思っています。

「お金」や「モノ」だけでは豊かさを計れない時代になってきたことは事実です。お金を稼いでカッコイイ車に乗ることが、成功と幸せのシンボルであった時代は、とうの昔に過ぎ去りました。でも、一方で最低限の生活を送るために必要な「お金」や「モノ」を確保することが、これからどんどん難しくなってくるでしょう。

今でこそ安定した環境に身を置いていても、将来的にはどうなるか分かりません。人生で避けては通れない介護や冠婚葬祭といった、「お金」や「モノ」が大きな壁として立ちはだかった時に、人との出会いやつながり、共感、趣味などで補うことができるかどうか……ちょっと難しい気もしますが。幸福への新たな価値観に対する課題だと思います。

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