「プレーヤー」の意識

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「観客」と「プレーヤー」の絶望的なギャップ―提案+アクションを
http://www.ikedahayato.com/?p=9520

課題に対して、賛否を巻き起こす方法で解決策を提案するのがプレーヤー、ただただ批判だけをして野次を飛ばすのが観客。この図式を当てはめるならば、地域でのNPOの活動って「プレーヤー」に当てはまるんじゃないかな、って(じゃあ、観客は誰なんだ、という話はさておいて)。解釈の正否は考えず、単純に考えてそう思っただけだけども。

ただ、本来の立ち位置は「プレーヤー」であったとしても、実際にやっていることは「観客」の領域から脱することができない……ってNPOもあるかもしれない。また、NPOの代表だけがプレーヤーになっていて、スタッフが観客の意識のまま……ってところもあるかもしれない。

特に何かを批判する場合は、自分がプレーヤーとして、協力を前提に改善提案を出しているのか、ただ疑問や不満を吐き出しているのかを、よく確認する必要があると僕は考えます。

さらに言うなら、「こうしたら良いと思うよ」という「提案」だけでは不十分です。「こうしたら良いと思うよ、だから一緒にやろう。僕はここを担当できるよ」まで言わなければいけません。

提案+アクションがあって始めてプレーヤーになれます。「こうしたら良いと思うよ」だけでは、観客の位置を抜け出すことはできません。

このフレーズは結構厳しい。でも、そのとおりだ。一生懸命提案はして、「じゃあ実際にやりましょう」ってなった時に手を挙げない……そういう人や団体は確かにあるし、僕自身もそういう部分を持ち合わせていることは認めざるを得ない。提案力もある、実行力もある、しかし何らかの事情で実行することができない……そういう人や団体もいるだろう。「批判されるのが怖い」「自分を否定されたくない」という恐怖感を抱いている場合もある。

でも、いろんな人や団体がそこを乗り越えて、失敗を繰り返しながら実行していけば、きっと素晴らしい社会が待っているんじゃないかな〜、と希望的観測を抱いていたりもします。

ここからは僕個人の話。僕は、今働いているNPO以外で、サニーサイドゴスペルクラブ三重の一員となって外国の子どもたちの就学支援を行っている。とはいえ、前述の図式に当てはめれば、プレーヤーはあくまでリーダーのこにたん(小西さん)だし、そういう意味では、僕は「観客」の領域から抜け出せていない。サニーサイド三重のメンバーでありながら、サニーのために何かをプラスアルファでやることで「プレーヤー」に近付いていくのではないか……とも思っている。ただ、サニーサイド三重は「プレーヤー」と「観客」の関係性がとても友好的なので、現状維持で良いとは思っている。

何かをするためにはタイミングもあるわけだし、焦ったってどうしようもない。時と場所が「プレーヤー」を必要としていない場合もあるだろう。ただ、じょじょにだけれど、今年は既存の枠組みの中でも良いので、自分なりに何かアクションを起こしたいな……と思っている。具体的まではいかないが、ある程度の構想もある。そういう気持ちを再燃させてくれるブログでした。

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